■VOL.1
虫の眼レンズを使った広角マクロ撮影
ボードカメラレンズ編
鈴木 格さん
特集、第1回目は「虫の眼レンズ」、ご紹介いただくのは鈴木 格さんです。
CONTENTS
■ ギャラリー GALLERY
虫の眼レンズは、あたかも自分が小さくなったかのような感覚が味わえるレンズです。広角であること、被写界深度が深いこと、拡大率が高いこと、これらが揃った時にいわゆる虫の目レンズ感が得られます。市販のレンズではこれらの条件をかなえることができないので、ある程度の工作が必要となります。虫の眼レンズには、ボードカメラレンズ使用のものと、ドアスコープ使用のものと、今は、大まかにわけて、2種類あります。私が使用しているのはボードカメラレンズを組み込んだ虫の眼レンズです。
ボードカメラレンズ使用の虫の眼レンズについて
先端のレンズは、監視カメラなどに使われる、「ボードカメラレンズ」と呼ばれるレンズを使います。中でも広角タイプのレンズが条件に合います。ボードカメラレンズは小さいですが、通常のカメラ用レンズと同様に、像を結びます。ボードカメラレンズが作る像はとても小さいので、デジタル一眼レフで撮影するためには、これを拡大する必要があります。このレンズを使用した虫の眼レンズでは、ボードカメラレンズと拡大レンズを組み合わせることになります。ボードカメラレンズが結ぶ像は上下左右が反転しているため、ファインダーからみえる像も上下左右が反転しています。(図)
ドアスコープを改良し使用した虫の眼レンズについて
私は使用していませんが、ドアスコープを改良して作られた「魚露目8号」という製品もあります。こちらは、それ自体では像を結ばず、光学的にはワイドコンバーターとして機能します。魚露目は前玉の小さなレンズとの相性が良いようです。一眼レフ用レンズでは、キットレンズのような口径の小さなレンズ、そして、コンデジなどと相性が良いようです。ボードカメラレンズを使用したシステムと比べると、ずっとコンパクトで、軽く、安価です。魚露目はワイドコンバーターなので、上下左右が反転することはありません。また、一般にボードカメラレンズよりも解像度が高く、画質が良いようです。ただし、プリズムなどを利用して光路を曲げるのは難しくボードカメラレンズよりも若干前玉が大きいのでその分拡大率が落ちます。
虫の眼レンズを使った撮影について、伺いました。
どのような方法で撮影されているのでしょう。
コツや、鈴木さんの撮影スタイルを教えていただきました。
ボードカメラレンズを使うわけ
◆虫の眼レンズの性質、特徴について教えてください。
鈴木:主人公である虫などの小さなものがクローズアップされ詳細にうつります。
広角でバック全体も被写界深度が深い画像になりますので、虫とその環境を写し取ることができます。
◆一口に虫の眼レンズと言っても種類がいくつかありますね。中でもギョロメとボードカメラレンズ、この2つについてお考えがありましたら。
鈴木:ボードカメラレンズが流行っていた時期がありましたが、今はギョロメが主流ですね。
◆鈴木さんはギョロメではなくボードカメラレンズにこだわりがおありになるのですね。
鈴木:まずギョロメにはプリズムが入れられないのではないかと思います。
私はどうしても視点を下げて撮影したいので、プリズムが入れられることは大事な要素です。又、ボードカメラレンズは拡大率が高く、5ミリくらいまでの昆虫が撮れるという事も重要です。私はボードカメラレンズでの撮影が気に入っています。
◆そもそも、虫の眼レンズは何をお撮りになりたくて作ったのですか?
鈴木:フランスに居た時、フンコロガシをどうしても撮ってみたいと思い、最初からプリズムを入れた虫の眼レンズを作ろうと思いました。フンコロガシの汗がかかるくらいの距離で近づいて撮りたいと思ったんです。
フンコロガシは地面を動きますから、撮るためには、地面に這うようにして撮影します。虫の眼レンズも角度が付いていないと、撮影できないので、プリズムが必要でした。ネットで調べ、日本から虫の眼レンズの材料を取り寄せました。
撮影現場で
◆虫の眼レンズを使用するにあたって、実際のところをお伺いします。このレンズを使う時、天気によりますか?
鈴木:雨の日には虫の眼レンズは使いません。曇りの日は撮影する時があります。暗い場合はISO感度を上げて対応しています。
◆虫の眼レンズを使うにあたって注意すべき点がありますか?
鈴木:自然光とストロボのバランスですね。自然光ではどうしても虫を止めきれないのでフラッシュ撮影をします。この時に自然光とフラッシュ光とで2重像になることがあり、これを防ぐために先ほども言いましたが、被写体を暗くするのです。
◆傘とかは使わないのですか?
鈴木:傘は使いません。影を嫌う虫も多いので、なるべく自分の影を最小限、虫だけに落とすように気を使います。だまし、だまし、ですよ。
◆虫に逃げられる事がありますか?
鈴木:いっぱい、それは良くありますね。
◆虫を待って撮ることが多いですか?
鈴木:私の場合は虫が「何かをするところ」を撮りたいのです。虫の生態に興味があり、それを虫の眼レンズで撮っています。たとえば巣穴をほるとか、食べる、給水するなどのシーンです。それは普通のマクロ撮影と同じ状況です。
◆連写はされますか?
鈴木:私は虫の眼レンズ使用時に、連写はしません。枚数はたくさん撮ります。100枚とか200枚は撮りますね。一枚撮るのにすごく時間がかかり、ちょうどいい時に逃げられる事が多いです。
◆それは、根気のいる作業ですね。
鈴木:そうですね、根気はいりますが、私は仕事で撮影しているわけではないので、この状況をむしろ楽しんで撮影しています。強いていえば来るか来ないかわからない虫待ちの時間は辛いですね。戻ってくるのであれば喜んで1時間でも2時間でも待ちます。
◆蜂が被写体に多くてらっしゃいますね。
鈴木:蜂は生態が面白いので私は良く撮ります。虫の眼レンズで撮る被写体としてちょうど良い大きさです。動作はやはり素早いので、虫の眼レンズでとらえるのは大変ですが・・。
◆日本からわざわざですか?
鈴木:その頃からインターネットで情報交換をしていました。お世話になった方々が数多くいます。皆様のお知恵を拝借して出来上がったのがこの虫の眼レンズです。
このレンズに行きつくまで、3本は試作しました。良い材料が見つかった時には、仕送りの段ボールの中に日本で取り寄せた材料を一緒に送ってもらうという日々でした。
◆フンコロガシですが、撮影はどうでしたか。
鈴木:被写体を探すのに数年かかりました。羊の糞を転がすという事がわかるまで時間がかかってしまいました。被写体が大きかったのと、フンコロガシの動きが早く、虫の眼レンズより、コンデジのマクロ画像の方が長けていたという結果になりました。
◆虫の眼レンズの弱点は・・。
鈴木:解像度がそれほど高くない事、実はきれいにピントが合う場所がそれほど広くない事、背景もシャープではなくややぼやける感じがあります。私はこの画質が許せるので、使っています。プロの写真家の方々が使用することが少ないのは、この画質にあると思います。
撮影データについて
◆絞りなどの常用データを教えてください。
鈴木:ほとんど、F11で撮影しています。暗い時にはF8での撮影もします。
シャッタースピードは20分の1程度が多いです。ISOで調整して撮りますが、ISOも800を上限にしています。ワーキングディスタンスは最短で5ミリです。もっと寄ることもできますが、ライティングが難しいです。
◆フラッシュについて。
鈴木:静止画撮影の時はフラッシュを使用します。動画の時は使用していません。以前LED照明をいろいろ試しましたが、あまり効果がなくやめました。
なくても十分に撮れます。
背景は明るいに越したことはないです。被写体にも直射日光があたるくらいの条件が撮影に適しています。そのような条件では被写体に自分の影を落として、被写体はフラッシュで撮ります。フラッシュがツインであることで不自然な影を消すことができます。被写体への光のまわり方と、バックの影や光の感じがなじむように気をつけて撮影します。自然な感じに仕上がるようにしています。
◆何倍相当の画像を得られますか?
鈴木:ボードカメラレンズが作る像を画面一杯にするには、35ミリ相当で9,10倍程度の拡大率が必要です。私は5倍まで写せるマクロレンズに、APS-Cサイズで8倍、プラス、フィールドレンズを使って最終的に9倍から10倍の拡大率を得ています。虫の眼レンズとしては、ワーキングディスタンスが5ミリ程度の時に3倍相当ぐらいになっていると思います。
◆画像処理はどこまでされますか?
鈴木:レベル調整、シャープネス・・・、そうですね、アンシャープは強めにかけます。それをしないと解像度が普通のレンズに比べ悪いので、強めにします。
◆のぞかないでカンで撮ったりすることはありますか?
鈴木:動きの速いものに関しては、よくありますね。指などを使って合焦面を把握しておいて、横から見て、カンでの撮影になります。もちろん枚数をたくさん撮りますが、気に入った写真はそのほとんどがファインダーを覗いて撮った写真ですよ。
◆ライブビューは・・
鈴木:動画用のカメラではライブビューを使いますが、静止画用の方は基本的にはファインダーをのぞいて撮ってます。
カメラを持たせていただき、実際にシャッターを押してみました。虫の眼レンズの先端、ボードカメラレンズの筒部分に人差し指を当て、地面との間のクッションにし、そして支点にする事がポイントです。画角を決め、ピントを合わせ、シャッターを押します。カメラが重く、先端が細く小さなレンズですから、壊さないように気を使います。なれないうちはピントを合わせるのに一苦労です。合わせてもかすかなブレであっという間にピントが外れます。又、背景は動かず、手前の主体である被写体が揺れて定まらない感覚は使いこなすまでに相当な練習が必要だと感じました。
◆本日はお忙しいところ、ご協力いただきまして、ありがとうございました。
鈴木 格(すずき いたる)さん
プロフィール
子供の頃 昆虫少年だった鈴木さん。最も尊敬する人はとの問いに迷わず「ファーブル」と答える少年だったそうです。大学卒業後、ダイビングをするようになってから、写真の魅力のとりこに。やがて少年時代を思い出し、「昆虫」写真家になろうと決意。日本での職を捨て、ファーブルの故郷である南仏へ移住し、8年間を過ごされました。ファーブルの足跡をたどるようにディープな昆虫の世界へ。現在は日本に在住。昆虫の撮影と生態観察に年に1回は海外遠征するなど、視野はワールドワイドです。
まほうのひとさしカリバチ
作: 奥本 大三郎
写真: 海野 和男 鈴木格
出版社: 理論社
ふんころがしのめいじんスカラベ
著者:奥本大三郎
写真:海野和男 鈴木格
出版社:理論社
完訳ファーブル昆虫記(1巻上~8巻下)
著者:ジャン=アンリ・ファーブル 奥本大三郎訳
出版社:集英社
・鈴木さんは口絵写真を撮影されています。
参考文献・HP等
■書籍
■インターネットサイト
インタビュー:2014年2月15日
監修: 武田 晋一
インタビュアー・文: 石黒 久美
物撮り・人物撮影: 伊知地 国夫
ホームページ制作: 石黒 久美
オブザーバー: 小檜山 賢二
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